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白濁(五十八)

by 野原海明

「行こう」

 グラスを空にすると、タケシさんは私の背中に手を添えた。

「ごちそうさま」

 店主に声を掛けて店を出る。縄のれんも看板も、もう仕舞われていた。

 軋む階段を降りる。かつら小路の入り口で、地べたにへたり込んでいる人影があった。男だ。顎に届くくらいの長い髪。高橋だった。

 高橋は長身の背中を壁に預け、長い脚を道端に投げ出していた。私の体の上でさらさらと揺れていたその黒い髪は、じっとりと湿って彼の頬に貼り付いていた。

 高橋は泣いていた。嗚咽が途切れ途切れにその口から漏れていた。

 タケシさんはいかにも邪魔そうに彼の脚をまたぎ、小路の奥へ入って行く。私はタケシさんの隣に追いついて、耳元で、

「助けないんだね」

 と言った。

「男の酔っ払い、助けても仕方ないだろ」

 タケシさんは冷たく言い放ち、バーの重いドアを開けた。

 ペルノソーダの味が今日はよくわからなかった。白く濁ったその液体を、舌先でちろちろと舐めるようにして呑む。タケシさんの左手は、さっきから私の腰とお尻の上を行ったり来たりしていた。

「ちょっとごめん」

 そう言ってタケシさんがトイレに出た隙に、マスターが目配せをした。

「結衣ちゃん、そのへんで知ってる男に会わなかった?」

「あ、はい……」

「結衣ちゃんのこと探してたよ。あんまりべろんべろんに酔っ払うから、追い出したけど」

 マスターは片方の眉を寄せて、煙草の煙を天井へ向けて吐き出した。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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