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白濁(五十七)

by 野原海明

 店を出て、恐る恐る周りを見渡す。

 当然、坂井の姿は無い。

 ほっとするのと同時に、胸が詰まる。胸が詰まるのと同時に、なんとも言えない解放感がある。

 よくもまあ、今までずるずると続けてこられたのだろう。吸ったことはないけれど、煙草みたいなものなんだろうか。格好つけてふかしてみる。初めのうちはゴホゴホとむせる。むせなくなったころ、もう既に中毒になっている。

 タケシさんからLINEが届いていた。空がきれいだとか、そういうどうでもいいこと。返事なんて気にしていなくて、ただ既読になれば、それで安心する。

 会えれば嬉しいし、会えなくてもそれはそれで構わない。夕飯を作って待っていなくたっていい。

 私はただ、私が生きたいようにすればいい。

「やめなよ、人前でいちゃいちゃすんの。あんたたち、不倫でしょ?」

 今夜は、アカリさんがいつもに増して酔っ払っていた。ふっくらとした体つきので、顔立ちのはっきりとしたアカリさんが頬を赤くしていると、仏画の吉祥天女みたいだと思った。

「不倫っていうのは、もっとコソコソとするもんなのっ。なにさ、二人で仲良く並んで呑んじゃってさ、あんたたち見てると虫唾が走んのよ」

 普段は客の会話に入って来ない店主が、

「アカリさん、声大きいよ」

 と制した。

 もう店は閉店時間を少し回っていて、カウンターを囲んでいるのは知った顔の常連ばかりになっていた。残業の長引いたタケシさんと待ち合わせて、もう一軒バーに寄ってから帰ろうとしていたところだった。

 タケシさんは相手にせず、しらっとハイボールを喉に流し込んでいた。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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