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白濁(五十五)

by 野原海明

 きっと、お互いに表面しか見えていなかったんだ。外見だとか、体だとか。それでもずっと恋していた。

 私は、別れる今になって、ようやく自分の内側を坂井の前にさらけ出しているのかもしれない。

「若いんだろ、その男」

「若くないよ」

「でも、俺よりは若いだろ」

「ううん」

 初めて坂井が目をそらした。片手で顔を覆い、

「嘘だろう」

 と呻いた。あまりに演技じみている、と思ったけれど、坂井は昔役者だったのだから仕方ない。感情を表面に出そうとすると演技っぽくなってしまうのだ。

「それで、結婚するのか」

「しないと思う」

「なんで」

「その人、妻子持ちだから」

 そんなことまで言うつもりはなかったけれど、どうでもよくなってしまった。聞きたいなら根掘り葉掘り聞けばいい。

 坂井の顔から表情が消えた。いつもの、何を考えているのかよくわからない、不機嫌そうに見える顔で言った。

「あんた、それで後悔しないのか」

「後悔?」

 何を後悔すればいいのだと言うのだろう。坂井とずるずる付き合い続けているのと、何が違うと言うのだろう。

 ああ、違うとすれば、傷つける相手が想像しやすい、ということだろうか。そして今、目の前に、思っていた以上に傷ついている人がいる。

「あんたね、絶対捨てられる」

 坂井がにやりと口を歪めて言った。

「そんな男、次から次に他の女に手を出すに決まってる」

 私は何も答えなかった。ただ微笑んで坂井を見ていた。

 タケシさんが他の女に手を出すかどうか? そんなことはどうでもいいし、いくらだって出せばいい。それよりももっと恐れているのは、自分のことだった。あんなに好きだった男を、紙屑を捨てるみたいに捨てられる自分が怖い。

 そして、いつか他の相手に手を出し、同じ事を繰り返すのは自分のほうなのだから。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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