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白濁(五十四)

by 野原海明

「俺が仕事をしている間に、あんたはその男とよろしくやってたってわけだ」

 久しぶり、とかいう挨拶もなく。昼下がりのカフェにはまったく不似合いな話題だ。隣の席に座っていたサラリーマン風の男が、ぎょっとして坂井の顔を見た。気まずそうにカップを口に運ぶ。

「どんな男なんだ」

 私をにらみつけたまま坂井は言った。

「なんでそんなこと知りたいの?」

 別れていく女の、新しい相手のことなんて。

「なんでも」

 そう言って、坂井は口元を歪めて笑ってみせた。

「私も、よく知らない」

「ばかにしてるのか」

「でも、ほんとに」

 坂井は大げさにため息をついた。

「どこで知り合ったんだ」

「飲み屋で」

「飲み屋で?」

 呆れたように繰り返す。

「男をひっかけに、呑み歩くような人だったんだな、君は」

 ああ、その顔を私は知っている。

 誰も聞いていない授業。教壇に立つ非常勤講師の坂井は、淡々と説明を続けていたけれど、ときどきちらっとそんな顔をした。蔑んだ目。

 偏差値のやたら高い私立高校。学力試験ばかりやたら優秀な生徒たち。彼らにとって授業なんて、出席だけしていればいい退屈な時間に過ぎない。

 そんな彼らを坂井は哀れむでもなく諭すでもなく、ただしらけた顔で見ていた。その一瞬だけ見せる表情。ぞっとするほど、美しいと思った。

 私は肯定するでも否定するでもなく、ただ坂井の目だけをじっと見ていた。坂井は、私のことを何も知らない。肛門の脇にほくろがあることだとか、陰部の色がどんなふうに変わっていくかだとか、そんなことくらいしか、知らない。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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