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白濁(五十三)

by 野原海明

「そう。だから、もう家では会いたくない」

「あんた、ほんと最低なやつだな」

 付き合ってから今までで、一番早く戻って来た坂井のメールだった。皮肉なことに。

「それじゃ、駅前のカフェに行く。なんだっけ、前銀行だったとこのビルの」

「エクセルシオール」

 その向かいにスターバックスがあるけれど、そういえば坂井はスタバは嫌いだったな。気取った感じが気にくわない、とか言って。煙草の臭いが嫌いなくせに、喫煙席のあるエクセルシオールのほうを選ぶのだ。喫煙席の扉が開く度に顔をしかめながら。

 待ちぼうけをくいたくないから、少し遅れて店に入った。外で待ち合わせをするときは、いつもそうだったと思いながら。たいてい時間に遅れてくる坂井は、こちらが遅れて来ることにも頓着しない。不機嫌な顔をしているのもいつものことだ。

 それでも、坂井の姿を見つけると気持ちが弾んでしまう。ようやく会えた、と思ってしまう。こんなことになった今でも、私は自然に口元がほころぶのを止めることができない。どうして今まで、会わずにいられたのだろう。何度でも何度でも、そう思う。

 私が席に近づくのに気づくと、坂井は新聞を少し下ろして私を睨んだ。まん丸の眼鏡が高い鼻にずり落ちていた。「なんかもう、俺、老眼なのかな」と前に言っていたことを思い出した。

 睨まれながら、向かいの席に座った。私は、絶対絶対、目をそらすまいと思った。どんなに憎しみの色がそこに浮かんでも。どんなふうに罵られても。

「それで」

 唐突に言いながら、坂井は新聞を畳んでテーブルに置いた。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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