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白濁(六十七・最終回)

by 野原海明

 いやだ、という言うことさえ、ずっと忘れていた。そんなふうに言う選択肢はなかったから。

 一度拒否したら、それで終わってしまうと思っていた。私にはなんの価値もない、ただその体に喜んでくれているのなら、それでどうにか引き留めて置こうと思っていた。

 ただその美しい男が恋人であるという事実だけを、私は坂井に求めていたんだろう。

 でも結局、私の友達には一人も会ってくれなかったし、坂井の友達を紹介してくれることもなかった。ただ携帯電話に一枚だけ写真のある、幻。

 私が都合のいい女なら、坂井も私にとって都合のいい男だった。彼が恋人であることが、私の価値を支えていたから。

 誰に対して見栄を張りたかったんだろう。例えば美里のように、ただ会って話をするだけの女友達に? それもそうかもしれないけれど、きっといちばんは、自分で自分を認めるために。

 でもそんな、美しい恋人がいるなんていう事実よりも、アブノーマルじゃない、体温を感じられるようなセックスをしたり、どうでもいいメールが気軽にできたり、一緒に呑みに行けたり、話しながら町を歩いたり、ただそういうことずっと求めていたみたいだ。

 それは十代のときに憧れていた、きらきらとした恋とは違う。姿を見るだけで息が苦しくなって、目が合うだけで体が熱くなって、自分だけのものにしたくてやきもきして、一日中その人のことだけを考えてしまうような、そんな熱病のような恋とは違う。

 もっと情けなくて、泥臭くて、それでもその人といたいと思うこと。

 店を出ると、空をさっきの白い鳩の群れが旋回していた。こんなところまで飛んでくるんだ。八幡さまの鳥居から飛び立ったときのようには、道行く人は気を止めない。

 さて、スタバでラテでも注文してのんびりしよう。高橋に、また個展するときは教えて欲しいとメッセしよう。体から始まる恋があるなら、体から始まる友情だってあっていいじゃないか。

 

 きっと、ずっとさみしかったんだ。人生を一緒に生きてくれる人を探していた。それは、恋人じゃないのかもしれない。タケシさんが「一緒に生きていたい」と言うならそれでいい。それが軽くこぼれた睦言であっても構わない。

 さみしさを埋めるために、見栄をはるために恋をした二十代はもうすぐ終わる。

 白く濁ったその液体を飲み込む。腹の中では幾つもの欠片が消化され、それはいつか私の細胞に変わるのだ。

(了)

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

あとがき

 

 最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。二〇一八年六月十八日から始まったこの連載は、ひとまずこの回で幕を下ろします。

 七年前から書き始め、一向にラストまで辿り着く気配のなかったこの「白濁」という作品。洒落たテキストエディタなどを試してみても気分が乗らず、リハビリのようにTwitterで一四〇文字ずつ綴り始めたのはちょうど去年の今頃のことです。

 その後、連載はnoteに移り、それでもうまくいかず、しばらく放置状態にありました。

 g.o.a.tという新しい書く場を頂戴し、ようやくこの物語も、少しずつ前に歩き出す気配が見えてきました。

 自分の書いたものを見直したり、寝かして置いたりすることは大事なことです。でも、書いている途中から何度も書き直していては、ラストにはたどり着けません。

 連載で自分に課したルールは、書いたものをすぐ公開すること。誤変換の修正くらいはしても、それ以上は見返さずに前に進むこと。とにかく支離滅裂でも何でも、最終回まで書き続けること。

 今日、ついにそれが果たせました。更新の度に読んで下さる方がいるということ、それがどれほど励みになったか。本当にありがとうございました。

 この後はオフラインで再構成する作業に入ります。パッチワークのようなそれぞれの回がつなぎ合わさり、またまったく違う物語になるのではと思っています。

 さて、次はまとまったひとつの本として、この作品が再びあなたの元に届きますように。

 長くなりました。またお目にかかれるその日まで、どうぞお元気で。

二〇一八年十一月  

よく富士の見える晴れた日に  

野原 海明

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