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白濁(五十九)

by 野原海明

 タケシさんはなかなか帰って来なかった。

「ちょっと、見てきます」

 と私が言うと、

「ああ、いっといで。タケシさんにはうまく言っとくから」

 とマスターはぶっきらぼうに言った。

 店を出る。高橋はさっきと同じ場所で背中を丸めていた。その前にしゃがみこんで、肩に手を当てる。

「大丈夫?」

 鼻をすすりながら高橋は、

「……大丈夫じゃない」

 とかすれた声で答えた。首からは見慣れたカメラが下がっていた。他に何も荷物は持っていない。

「とりあえず、歩こっか」

 と私は言った。

「こんなところで寝てると、風邪ひくよ」

「いやだ、帰りたくない」

 ものすごく酒臭い息でそう言った。

「じゃあ、とりあえず私のうちで休んでいけばいいから」

 当たり前のように、そう言っていた。高橋の左腕をとって自分の肩に掛ける。

「それじゃ、立つよ。せー、のっ」

 背の高い高橋を立たせるのは大変だった。重いし。それでも無理やり立ち上がらせるて、引きずるように歩き始める。

「結衣さん」

 私の首元で高橋が言う。

「結衣さん、結衣さん、結衣さん、結衣さん……」

 うわごとのように繰り返す。

「あー、はいはい。大丈夫だから」

 とは言ってみたけれど、なかなか前には進まない。途中、三回くらい、高橋の重さを支え切れなくて転んだ。すれ違う人たちが興味本位に指さしてくすくすと笑う。一番大変だったのはアパートの階段だ。タケシさんがそうしたようには、スムーズにいかない。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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