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白濁(五十)

by 野原海明

 坂井に電話をかけた。

 短い呼び出し音の後、かすれた声で坂井が「はい」と言った。

「大丈夫?」

 と私が訊くのも変だし、大丈夫では全くなさそうだけれど、そうとしか言えなかった。

「うーん」

 と坂井は、低く唸るように言った。

「ブロックなんてしてないよ。電話番号だって、変わってないでしょう」

「メールは」

「メールは……ごめん、携帯電話、変えちゃったんだ。操作がまだよくわかんなくて、新しいアドレス、伝えられなかっただけ」

 坂井は黙っていた。メールの文面から滲み出ていた怒りや狂気は、その沈黙からは感じられなかった。ただ傷ついている。その弱々しい感じが、全然坂井らしくない、と思った。

 坂井らしくない?

 私は坂井と七年間を過ごし、一体彼の何を知っているのだろう。その体や呻き声や性癖の他に、一体何を?

「メールだけで終わりにしたいのかと思ってた」

 私は言った。

「私は、最後はちゃんと会って話したいと思ってたよ」

「……うん」

 電話の向こうで弱々しく坂井が答えた。

「じゃあ、またメールするから。新しいアドレスも送るから」

「うん」

 そんなふうに気弱な返事をする人だったんだ。私はこの七年間で初めて、坂井をただ抱きしめたくなった。むさぼり合う性欲の為にではなく、ただ母親のように。

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 最後まで声はかすれて震えていた。私から電話を切ったのも、もしかすると初めてかもしれないと思った。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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