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白濁(三十二)

by 野原海明

 タケシさんのつかんだグラスの中で氷が溶けて、カラン、と鳴った。

「誰か待ってるような顔して、ちょっと上見上げて、そのくせ次から次にがんがん呑んで。そのうち倒れるんじゃないかと思ったら本当に倒れるから、『しめた!』って」

「うわあ、最低」

 鼻にシワを寄せて言うと、タケシさんはからからと笑っていた。

「あの場にいた男、みんなそう思ったんじゃないかなぁ。あなた、声掛けられるの、待ってるように見えたから」

「『あなた』って呼ばれるの、カンジが悪いから、名前で呼んでください」

「なんていうの?」

「結衣です。白石結衣」

「結衣さん」

 こちらを向いて、目を見て名前を呼んだ。下心はあるなんて言ったくせに、全然そんなふうに見えない目をしていた。小さい子どもの名前を呼ぶ、父親のような。

「タケシさん、お子さんいらっしゃるんですか」

「いるけど、どうして」

「いかにも『お父さん』っていうオーラが出てるから」

「よく言われるけど、それって褒めらられてるのかなぁ」

 そう言って、ホッピーのソトを注文した。

「娘と息子が、一人ずつ。娘はちょうどあなたくらい。いや、少し下かな」

「え、私いくつに見えますか」

「そうだね。二十九」

「すごい、正解」

 私も新しいお銚子をもらう。

「細かいところ刻んできましたね」

「だって、三十、って言ったら怒るでしょ」

「そうですけど」

 二人で笑った。誰かと話していて笑ったのは久しぶりだと思った。

 坂井は、どうしているんだろうか。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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