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白濁(四十四)

by 野原海明

「来週行く」「早く顔が見たい」

 坂井から短いメールが届いていた。

 ずっとほったらかしだったのに、こんなときにだけ何度も連絡してくる。

 もう一度坂井に会うのは恐怖だった。はぐらかし続けてもいられない。

「ごめんなさい」「他に好きな人ができた」

 同じように短くメールを返す。絵文字のひとつも入れずに。

 送信ボタンを押したとき、指が震えた。

「好きな人」と書いて、私はやっぱりタケシさんのことが好きなんだろうか? と思う。好き……ではないのかもれしない。それは、自分自身のことをそれほど好きじゃないのと同じように。好きかどうかは別にして、切り離せないのだ。自分の体の一部と同じように。タケシさんに触れずに生きていくことを思うと眩暈がした。「誰でもいいから触れていたい」とはもう思わなくなっていた。

 返信はすぐに届いた。

「ああそう それじゃ、さようなら」

 あまりにあっけなく。

 予想はしていたけれど。

 ずん、と空気が重くなった。夕焼けが始まっている。息が苦しい。このまま部屋の中にいたら気が狂ってしまうかもしれない。坂井と初めて会った頃のことを思い出していた。いつも不機嫌そうな顔をしていた。笑ったところをあまり見たことがない。だからその分、その笑顔がこちらに向けられると背筋がざわつくくらいに嬉しかった。その厚い胸。大きな手のひら。香水をつけなくても不思議と心地よく薫るその体臭。舌を這わせたときの性器のかたち。

 財布と携帯だけ小さな鞄に入れて部屋を出る。観光客の少なくなった若宮大路をずんずんと足早に歩いた。

 頭がぐわんぐわんとする。私は、とんでもない間違いをしてしまったのじゃないだろうか。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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