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白濁(三十九)

by 野原海明

 誰かと並んで歩きたいと思っていた。なんでもない、くだらないことばかりをずっとしゃべって。どこに行こうとか、そういう行き先もあんまり決めずに。ただ隣にいるから、それでいいと。そういう相手が欲しかった。

 もはや男性じゃなくてもいいのかもしれないとも思った。そばにいてくれるなら。一緒に生きてくれるなら。

 かっこよくなんてなくていい。ちょっとぐらいダサい格好をしててもいい。スポーツなんて、できなくてもいい。セックスなんてうまくなくていい。ただ、隣にいて欲しかった。

 タケシさんの手は熱く、でも少しカサカサとしていた。どこか私の知らないところに家族を持つ人の手。

 アパートの錆びた階段を昇るときに、ようやく手を放した。もっと触れていたいと思った。手、だけじゃなくて。

「もうちょっと、一緒にいてください」

 だから、そう言った。このまえと同じで、外灯の逆光になってタケシさんの顔はよく見えなかった。

「だけど俺、何するかわかんないよ」

 茶化すんじゃなくて、真面目な感じでそう言った。

「いいです」

 小声で呟きながら、鍵を開けた。

 電球のスタンドライトを点ける。蛍光灯の照明もあるけれど、白々しい光がきらいなのだ。坂井はいつも蛍光灯を点けたがった。「白熱球はすぐ切れて勿体ない」とか、「なんでLEDにしないんだ」とか、「本が読みづらい」だとか言って。文庫本を読むときには、近眼の眼鏡を少しずらした。坂井は私よりずっと大人だと思っていたけれど、考えてみたらタケシさんよりは若いのだ。

「どうぞ」

 玄関に脱ぎ散らかしていた靴をよけて声を掛ける。赤いインド更紗の暖簾をタケシさんは片手でめくった。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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