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白濁(三十)

by 野原海明

 肩に手を置いてきたのは、タケシと呼ばれていた男だった。日曜なのに今日もスラックスをはいて、ネクタイまできっちり締めていた。

「それじゃ」

 高橋はそう言うと、こちらの顔は見ずに軽く手を上げ、駅の方へ歩いて行った。

「もう酒、見たくなくなった? それともそろそろ恋しくなる頃かな」

 男はニタニタと笑っていた。私は肩に置かれた手を軽く払った。

「急にやめてくださいよ。びっくりするじゃないですか」

「いや、からまれて困ってるんじゃないかと思ったから」

「そんな、いつもいつも、助けてくださらなくて結構です」

「冷たいなぁ」

 わざとらしくおどけてみせる。

「そこ、呑みに行くんですか? 今日はお休みですよ」

「あ、立ち呑みのほうじゃなくて、そっちの手前の店に、ね」

 その破れた暖簾の店は、昼に定食をやっているのは知っていたけれど、入ってみたことはなかった。

「よかったら一緒に、いかがですか? あっ、それとも、生ものとか買っちゃいました?」

 私の提げた買い物袋を見て言う。

「もう、どっちがからんでるんですか」

「確かに」

 男はそう言って笑った。さっきのニタニタ笑いとは対照的に、吹き出すみたいに。

「大丈夫です。乾き物と、缶ビールばっかりですから」

「ほほう、趣味がだいぶオジサンですね」

「オジサンには言われたくありません

「これは失敬」

 男は笑いながら、店の軋んで開けづらい木の戸を開けた。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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