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白濁(二十八)

by 野原海明

 そのまま押し入られたらどうしよう、と思っていた。男は背後に立っている。

 おそるおそる振り向く。ちょうど外灯の逆光になり、男の表情はよく見えない。

「……ありがとうございました」

「こんなところにアパートがあったんですね。古い一軒家ばかりだと思ってました」

「ええ、目の前の、道に面して立ってるのが大家さんちです」

 これは牽制。

「そうですか。駅も近くて、いいところですね」

 見渡す男の横顔に外灯の光が当たる。男は平然とした顔をしていた。

「それじゃ、帰ります。しっかり水飲んで、よく休んでくださいね」

「はい、ほんとうに、ご面倒おかけしました」

 男が階段を降り、路地を抜けていくのを見届けてから、ドアを開けた。鍵を閉めて、フローリングに体を投げ出す。それ以上動けそうになかった。

 横たわったまま、何度か吐いたらしい。自分の吐瀉物の中で目が覚める。幸いにも、呼吸困難になったりはしなかったみたいだ。

 バッグの中で鳴り続ける携帯のアラームを止める。頭が痛い。こんなに酷い二日酔いは、高橋としたとき以来だと思った。

 仕事に行くのは諦めた。どうせ私が一日急に休んだところで、誰も困る人はいない。

 汚れた服を脱ぎ、Tシャツと短パンに着替える。髪をタオルで拭いた。まだシャワーは浴びられない。少し動くだけで、また吐きそうになる。

 六畳一間の部屋に布団を敷き、新しいタオルを枕に掛けて横たわった。風が気持ちいい。もう、秋の風に変わり始めているのだ。

 そういえばこの夏、一度も坂井の顔を見ていない、と、寝入る瞬間にふと思った。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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