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白濁(十九)

by 野原海明

「たまにはもう一軒、一緒にいかがですか」

 と高橋が言うので、敷居が高くて一人ではなかなか入れなかった焼き鳥屋を提案した。噂によると、混んでいる日には一見さんは「予約でいっぱいだから」と断られてしまうらしい。

 小町通りの路地裏のその店は、今日は暇そうだった。強面のご主人が背中を丸めながら「らっしゃい」と一言だけ言った。

「高橋さんって、カメラ以外に何の荷物も持ってないんですね」

 高橋は首に提げていたカメラを、いつものようにカウンターの上に置いて座った。

「財布と煙草と、携帯と鍵くらい? みんなポケットに入っちゃうから、鞄とかあんまり持ちあるかないんですよ」

「煙草、吸われるんですか?」

「あれ、知らなかったですか? そうか、いつもの店、禁煙ですもんね。いつもは店の外に出て吸ってます」

 坂井は煙草を嫌った。

 自分も昔は吸っていたくせに、一度辞めたら人が煙草を吸うのが許せなくなったらしい。滅多に外食はしないけれど、ときどき外で一緒に食事をすると、隣の席で煙草を吸う人にあからさまに嫌な顔をする。

 そのせいで私は、煙草を吸ってみるタイミングを逃した。けだるく煙をくゆらせるのとか、憧れていたのだけれど。

 もし私が煙草を吸うとしたら、それは坂井が死んだ後か、もしくは生きて別れた後になるだろう。

「吸っても大丈夫ですか?」

 高橋は律儀に聞いてくる。

「はい、どうぞ」

「では、遠慮なく」

 胸ポケットから出てきたのは、緑のパッケージのくしゅくしゅになったマルボロだった。

「メンソール」

「ええ、一度風邪ひいたときにこっちを吸ったら、はまっちゃって」

 煙草の箱の中に無造作に押し込まれた百円ライターを取り出して火をつけた。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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