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白濁(二十七)

by 野原海明

「それじゃあ、立てますか?」

「いえ、ほんとにいいんです。自分で帰れますから」

「もうタクシー呼んでますから」

 男は私の腕を取って、自分の肩にひっかけた。

「立ちますよ。せえーのっ」

「あっ」

 思ったより自分の足元はおぼつかなかった。

「ほんとうに、いいんです。そんな、タクシーなんて、ほんとに恥ずかしいくらい近所ですから」

「いいから、いいから」

「タケシさん、俺、鞄持って行きますよ」

 金髪の若い男がそう言って、タケシと呼ばれた中年サラリーマンの黒い鞄と、私のトートバッグをつかんだ。

「まいど、お気をつけてぇ」

 という店主の声が後ろからかけられる。

 小さな商店街を抜けたところに、本当にタクシーが待っていた。私を座らせると、中年の男も一緒に乗り込んだ。若い男が鞄を手渡す。身を乗り出してこちらをのぞき込んだ。

「おねーさん、気をつけてくださいよぉ」

 ドアが閉まる。

「どちらまで?」

「あの、ほんとに近くて申し訳ないんですけど……大町の四つ角まで」

 駅の信号で止まっても、あっというまについてしまう。男が財布を広げる。

「だめです。払いますから」

「いいんですよ、僕が呼んだんですから」

 アパートの外階段を昇るのを男は後ろから支えていた。ドアの前にたどりつき、外に置いた洗濯機に手をついて、どうにかバッグから鍵を取り出す。

 

 鍵の開く音が、虫の声しかしない外灯の下で響いた。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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