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白濁(二十六)

by 野原海明

「大丈夫ですか。救急車、呼びます?」

 カウンターに肘をついて、なんとか立っていたつもりだったけれど、気がつけば外の通路に寝かされていた。目の前に、瓶ビールの黄色いケースが転がっていた。その横に、少し埃を被った革靴。グレーのスラックスの裾。

「いえ、大丈夫です、とりあえず、お水をいただけますか」

 コンクリートの地面に手をついて、どうにか上体を上げながら言った。のぞき込んでいる顔は中年のサラリーマンだった。

 カウンターの中から店主が出てくる。

「ええー、大丈夫? 今日は帰ったほうがいいよ。お代は、また後ででいいからさあ」

「やっちゃん、この子にお水」

「ああ、あいよー」

 気軽に店主の名前を呼ぶこの人はきっと常連なんだろう。でも、顔にあまり見覚えはなかった。

「頭とか、怪我してないですか」

「……頭?」

「さっきあなた、派手に後ろ向きに倒れたんですよ。……ああ、血は出ていないみたいですね」

 その人は私の体を抱え起こしながら、髪を手のひらでするりと撫でた。ビールケースに寄りかからせると、店主から受け取った水のグラスを手渡した。

「しばらくそこで休んでてください。僕、まだ終電あるんで、もうちょっとしたら送って行きますよ」

「いいえ、本当に大丈夫です。這ってでも帰れるくらい、近所だから」

「いやあー、這っては行けないでしょう」

 おどけるように言いながら、その人はホッピーのソトを頼んだ。

 もうすぐ閉店の時間だろう。でもまだ店は混んでいて、ガラス戸の内側から何人かが首を伸ばして私の様子をうかがっている。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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