LOG IN

白濁(八)

by 野原海明

 「恋は三年で終わる」と言っていたは、瀬戸内晴美だったか、山田詠美だったか。

 醒めた恋は、愛に浄化する?

 いや、そんなことはない。

 相手への幻想が融けて、尊敬も無くなった後に残るのは、依存だけだ。

 会話も特にするわけでもなく、どこかへ出掛けることもなくなっていた。食欲と性欲と睡眠欲だけを充たし、坂井は帰っていく。何の前触れもなく、突然に身支度をして。

「帰るの?」

 汗ばんだタオルケットを裸に巻き付け寝転んだままで声をかけると、

「雨、降って来たから」

 と言う。

「雨降ると、お袋が心配して傘持って駅まで迎えに来るんだよ」

「そう」

 部屋には汚れた皿とグラスと玩具、床に散らばった使用済みのティッシュ。それらを片づけて、自分一人の元の部屋に戻すまでに要る労力。毎回うんざりするくせに、それでも坂井を失うのが恐ろしかった。

 坂井と会う時間を確保しておくために、友達からの誘いを断り続けた結果、もう職場でしか人と話すことはなくなっていた。坂井を待つ以外に特にすることもない。

 一緒に住んだらどうなんだろう。

 何度か考えたけれど、坂井は今更、老いた母親に一人暮らしはさせられないだろう。もうすぐ四十になろうとする息子を、駅まで迎えに来る母親と同居なんてできない、と思い直す。

 恋をいちばん駄目にするのは、退屈だ。坂井を待つこと以外にすることを、私はみつけなくちゃならない。

 まずは、坂井が東十条から通いやすいようにと借りた高田馬場の部屋を越すことに決めた。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

OTHER SNAPS