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白濁(五)

by 野原海明

「久米川?  逆方向なのに、なんでまたわざわざ高田馬場まで」

 あなたと話をしてみたかったんです、とは言えなかった。かわりに真っ赤になってしまったのに、坂井は気づいたかもしれない。

「ずいぶん遠いじゃないですか。東村山の少し手前ですよね」

「家賃だけで決めたんです。通勤圏で、五万円で住めるところ、と思って」

「それにしたって、もっと近くの駅でも五万円くらいならあるでしょうに」

「焦ってたんですよ。更新まで間がなかったから」

  久米川のアパートは、アパートとさえも呼べないような、プレハブみたいな建物だった。早稲田大学の所沢キャンパスに通う学生たちが大勢住んでいる。あとは、薄汚れたタンクトップを着た一人暮らしのおじさんとか。壁が薄いから、朝には二階の住人がドライヤーをかけている音も聞こえる。

「それじゃあ、また明日。坂井先生、二限からでしたよね」

「よく覚えてますね」

「そりゃあ、物理実験室助手ですから」

 おどけてみせた。

 私は坂井のどこが好きだったのだろう。

 昔、役者をやっていたというその整った顔だろうか。定期的にジムに行って鍛えている筋肉質の体だろうか。

 

いや、違う。

 あの冷酷な目だ。さげすむように細める。そのくせ、まれにその冷たい視線がほどけることがある。笑顔には少し足りない。その目で見られているということが、その視線が、私の背骨を縛り上げるのだ。

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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