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白濁(四)

by 野原海明

「こんな居酒屋でよかったんですか」

 初めて二人で飲みに行った日、坂井はそう言った。高田馬場駅に近い、地下の店だった。学生客が多いのか、安くてボリュームの多いつまみが多い。

「私、こういうちょっと汚い店好きですよ」

 そう答えて、日本酒をバイトの子に頼む。

「いきなり日本酒?」

「坂井先生は何飲みます?」

「僕は、ビールで」

 坂井と飲みに行って日本酒を頼んだのは、このときが最初で最後になった。坂井は生ビールばかり、何杯も何杯もおかわりして飲む。それに合わせて飲むのなら、こちらもビールのほうが都合がいい。

 坂井は東十条に母親と一緒に住んでいるのだと言った。

「東十条、いいですね。いい飲み屋がたくさんあるでしょう」

「へえ、詳しいですね」

「行ったことはないんですよ、。散歩の達人』で見て。今月号、東十条特集ですよ」

「そうなんですか。知らなかった」

 付き合った七年間で、坂井の住む部屋があるという東十条に行ったことは結局なかった。

 いや、実はストーカーのように、一人では行った。住所も知らない坂井の住むマンションを探して歩き回ったことがある。

 でも、「東十条に住んでいる」ということさえ、その場でついた嘘だったのかもしれない。「母親と二人暮らし」だということも。

「今日はゆっくりお話できてよかったです。坂井先生、ほとんど準備室にいらっしゃらないから」

「職員室みたいなところがどうも苦手で。白石さん、何線ですか?」

「あ、えっと、私はまた西武新宿線に乗ります」

「はい?」

「うち、久米川なんです」

(つづく)

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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