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白濁(一)

by 野原海明

 最後の待ち合わせ場所に坂井が指定してきたのはエクセルシオールだった。近所だけれど一度も行ったことはない。たぶんこれからも行くことはないと思う。

 駅前にはルノワールもスターバックスもあるのに、エクセルシオールを選ぶところが坂井らしいなと思う。煙草も吸わないくせいに。

 越してきてから、駅前のカフェは重宝していた。坂井が、私の行きつけのカフェじゃないところを選んでくれてよかった。もう二度と、行けなくなってしまうから。

 待ち合わせ時間よりも遅れて店に入った。体格の良い坂井が、窓を背にして新聞を広げている。不機嫌そうな顔。それは私が遅れて来たからではなくて、待ち合わせのときはいつもそうだった。

 本当は、私と会うのなんて面倒くさいんでしょう? さっさと部屋に引き上げて、私の料理で胃袋を満たし、性欲も満たせればそれでいいんでしょう?

 何度もこみ上げて来そうになった不安。でも、口に出して言ったことは一度もない。

 坂井は、何から何まで完璧な男だった。美しく整った顔は、最近よく映画で見かける俳優に似ていた。すっとした鼻筋、彫りの深い彫刻のような眼。薄い唇に、きれいに整えられた髭。

 聞けば、二十代の頃には芝居をやっていたそうだ。知り合う少し前までは、昔のつてで時々舞台美術の仕事をしていた。

 坂井は物理科の非常勤講師だ。私は、坂井が勤める高校の事務所で、派遣職員として働いていた。最初は物理実験準備室の実験助手で、事務所からの応援要請を受けるうちにすっかり事務局長に気に入られてしまい、いつのまにか事務所が本所属になった。

 実験が無い日はほとんどすることがなくて、こっそり倉庫のボロいソファーで昼寝もできたのに、事務所所属になったらかなり忙しくなってしまった。ちょうど契約の更新時期だったし、嫌になってすっぱりその職場はやめてしまった。(つづく)

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体等とは関係ありません。

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